当社はLAで生まれたレシピを大切にしながら、日本各地の素材や想いと出会い、「ここだけのジェラート」を共創しています。
このページでは、Lagelaが“なぜ今ここにあるのか”を綴ります。

第1章:別々の空の下で

1987年、私がまだ幼かった頃、両親は離婚しました。
父はアメリカで新しい家庭を築き、私は母とともに日本で暮らすことになりました。

それ以降、私と父は一度も会うことなく、別々の人生を歩みます。
子どもの頃の私は、「父親はいないもの」として育ってきました。

第2章:父が見つけた“次の仕事”

父は1975年、家業のおもちゃ事業をアメリカに広げるために単身渡米しました。
飛び込み営業から始め、直営店をつくり、自社工場を持つほど事業を育てたと聞いています。
ハリウッド映画関連の仕事も受託できるような規模になっていたそうです。

そのような中、おもちゃ事業に大きく投資を継続していた中で、日本のバブル崩壊の影響を受けてしまい、事業の縮小を余儀なくされました。
最終的には、アメリカでおもちゃ事業の存続が難しい状況に。

「次はどうする?」
崖っぷちの中で父が目にしたのが、行列のできるアイスクリームショップでした。

アメリカには、ちょっとした休憩や間食にアイスクリームを食べる文化があります。
アイスを受け取った瞬間、人々の表情がほどけて、笑顔になっていく。
父はそこで、こう思ったそうです。

「今まではおもちゃで笑顔を届けてきた。次はアイスクリームで笑顔を届けよう!」

第3章:ゼロから生まれた“本物の味”

資金も、技術もない。
それでも「自分たちの味を作る」という強い気持ちを持っていました。

休みの日には、自分たちの作ったアイスを持ち歩いて繁盛店と食べ比べをする。
繁盛店の営業終了後に、ゴミ箱から“ヒント”を探しに行くことも。
何百回もの試作、何百回ものやり直し。

そしてある日、ジェラートの研修会で運命のような出会いがありました。
ジェラート一筋のイタリア人シェフです。

彼は16歳の頃からジェラートシェフとして活躍し、イタリアの大きなジェラート大会で優勝経験を持つような人でした。
そんな彼から、ジェラート作りの基本、理念、素材、温度、機械の取り扱いなど。
ジェラート作りの基礎を学び、味の方向性を定めていきます。

そして2003年4月、ロサンゼルスにあるWhittier(ウィッティア)という街で、
ホームメイドアイスクリームショップ「Mrs. Freeze(ミセスフリーズ)」を立ち上げました。

<ミセスフリーズ Whittier オープン時に撮影>

第4章:罪悪感なく食べたくなってしまう、幸せの味

長いアメリカ生活の中で、父がずっと気になっていたのは、子どもたちの健康と、肥満大国アメリカの食事事情でした。

アメリカのプレミアムアイスは、濃厚でおいしい。
でも、甘さと乳脂肪が多く、高カロリーになりやすい。

一方で、イタリアのジェラートは、素材の味が立って後味がすっきりしている。
父たちが目指したのは、その“いいとこ取り”でした。

  • 一般的なアイスクリームよりも、低糖質・低脂肪・卵不使用
  • 後味はすっきり、でもミルクのコクはしっかり
  • 軽やかなのに、なぜか満足感が残る

皆さまが罪悪感なく食べたくなってしまうような、
誰もが笑顔になれる味わいを目指しました。

第5章:2005年、ジェラートコンクールで金賞受賞

<パンナ、クッキー&クリーム、アーモンド、レアチーズケーキ、アップルシナモンの5つが金賞受賞しました。>

今までの努力が実を結びました。
2005年、全米最大級規模の食のお祭り「LAカウンティフェア」で開催されたDairy Products Competitionに、ミセスフリーズのアイスクリームを5品目、出品しました。

その出品した5つのフレーバー、すべてが金賞を受賞しました!
その瞬間から、「ミセスフリーズのアイスクリーム」は“本物の味”として、多くの人から愛される存在になっていきます。

<多くのお客様に支えられた Whittier 本店にて>

第6章:日本へ

2007年、父たちはアメリカでの営業を終えて日本へ帰国します。

この味は、日本でも喜んでもらえるのは間違いないと感じていた父たちは、2010年5月、神奈川県の元住吉にて日本1号店をオープンしました。

口コミが広がり、テレビや雑誌の取材も受けるように。
2014年に鎌倉へ移転し、2015年にはFOODEX東京の企画「美食女子グランプリ2015」に、ヨーグルトフレーバーを出品。日本でも金賞を受賞しました。
父たちが磨き続けてきた“ヘルシーなのに満足感がある”味わいが、日本でも確かな評価につながった瞬間でした。

FOODEX美食女子グランプリ2015で金賞を受賞したヨーグルトフレーバーのトロフィー
FOODEX美食女子グランプリ2015 金賞

2016年には東京都葛飾区青戸に加盟店もオープン。
至る所で、美味しいとお客さまの喜ぶ顔が生まれていきました。

<元住吉店のテレビ取材時に撮影>
<鎌倉小町通り店にて。地元のお客様だけでなく、大勢の観光客の皆様にも召し上がっていただきました>
<葛飾区青戸のFC店舗>

第7章:35年ぶりの再会

私は、そんな背景を何も知らずに育ちました。
父のことも、アメリカでの暮らしも、何も知らないままで。

それが変わったのは、私が30代半ばになったとき。
ある本との出会いがきっかけでした。

その本の中で、「人は、自分のルーツを知るほど、自分自身の理解が深まる」という一文を読みました。
その言葉に背中を押され、私は初めて父と会ってみようと思い立ち、母の友人から連絡を辿り、父と再会の約束をしました。

再会の日、初めて見る父の顔。
穏やかな笑顔とともに、父は語ってくれました。
自分の人生、店を支えてきたパートナーのこと、新しい家族のこと。
そして、自分たちのオリジナルアイスクリームが、いかにして生まれたかを。

私は、その話に胸が熱くなりました。
“親子”というよりも、“人として”深く尊敬する想いが生まれた瞬間でした。

第8章:引き継がれたバトン

2023年の年末、父から「アイスクリーム事業を引退する」と聞かされました。
そして後継ぎはおらず、このままアイスクリーム事業の幕を閉じる、と。

私の中で何かが強く反応しました。
この味が、この物語がここで終わってしまう。
それは、とても勿体ないことではないかと。

だから私は、勇気を出して父に言いました。
「このアイス事業、私に引き継がせてもらえませんか?」

父は、その申し出をとても喜んでくれました。
そして私は決意します。
この味と想いを、もっと多くの人へ届けよう、と。

第9章:Lagelaとして再出発

2024年、私は”Mrs. Freeze(ミセスフリーズ)”の味を受け継ぎ、新たに”Lagela(ラジェラ)”として再出発させます。

Lagelaは、オリジナルフレーバーの卸だけでなく、長年磨き上げてきたレシピを中心に、
各地の事業者の皆さまと一緒に、その土地・その場所ならではの素材を生かした“オリジナルジェラート”を共創しています。

※既存フレーバーの導入だけでも、オリジナル開発でも。目的に合わせてご相談いただけます。
道の駅、観光施設、ホテル、カフェや飲食店、飲食事業に挑戦する新しい事業者様など。


「目玉商品がほしい」
「地域の魅力を形にしたい」
「お店や施設の特徴を表現するスイーツを作りたい」
「他店と被らない、美味しいジェラートを取り扱いたい」

皆様のそんな想いに、Lagelaを通じて貢献していきたいと思っています。

Lagelaジェラート

終わりに|地域から、笑顔の連鎖を。

たった一杯のジェラートで、人は笑顔になる。
父がアメリカで見つけたその確信は、今も私の中で続いています。

家族の物語から始まったこの味が、今度は日本各地の様々な物語とつながっていく。
その連鎖を、Lagelaは増やしていきたいと思っています。

まずはお気軽にご連絡ください

既存フレーバーの導入から、オリジナルジェラートの共同開発まで。
あなたの場所に合う“ちょうどいい形”を一緒に考えます。

※ご相談は無料です。内容が固まっていなくても大丈夫です。